炎の体育会TV出演ダニエル太郎の出身と所属クラブは埼玉と名古屋

炎の体育会TVで出演のダニエル太郎選手はイケメンでカッコいいと話題ですよね。
身長190cmもある長身の持ち主ポスト錦織圭とも言われています。

同じテニスプレイヤーの錦織圭選手と綿貫陽介選手と共に炎の体育会TVに出演し、番組内でもひときわ目立つ存在感とルックスで多くの人を魅了するダニエル太郎選手の出身地や出身校について知りたい方には必見です!


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炎の体育会TV出演のダニエル太郎選手の出身地と出身校はどこ?

ダニエル太郎選手の出身地は埼玉県久喜市立太田小学校で小学1年生~5年生まで過ごしたようです。
ダニエル太郎選手の母親方の祖父母が埼玉県にお住まいだったからとの事です。

ダニエル太郎選手は幼少期に通った埼玉県加須市むさしのローンテニスクラブで初めてラケットを握った

ダニエル太郎選手は5歳頃からテニスに触れ、7歳から本格的にラケットを握ったようです。
ダニエル太郎選手の父親は元プロテニスプレイヤーのダニエル・ポールさんなので、小さい頃からテニスは身近なスポーツとして触れていたのでしょうね。

埼玉県加須市にある「むさしのローンテニスクラブ」というテニスクラブに所属していたようです。

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ダニエル太郎選手の小さい頃は泣き虫だった?あだ名は「泣き虫太郎」

ダニエル太郎のジュニア時代は、はじめは地区大会にも出場出来ないくらいのレベルで、はじめから抜きん出たプレーをするような選手ではなかったようです。

地区大会の前のレベルのジュニア新人という試合で負けてしまう時もあり、そんな時はよく悔し泣きをしていたことも。

子供の頃から負けず嫌いだったのですね。

まっすぐな性格で、からかわれたりするとムキになって怒ったりすることも多かったようで、よく泣くことから周りから付けられたあだ名が「泣き虫太郎」

現在のクールな振る舞いと抜群のルックスからは想像もつかないですよね^^;

負けず嫌いなダニエル太郎選手のメンタル強化は父親ポールダニエル氏の影響が大きい?

試合に負けるとよく泣いていたダニエル太郎選手ですが、そのたびに父親のポールダニエル氏が指導されていたとの事。

その為か、「気持ちの切り替えが早く変にこだわりすぎない」というプロとして必要な資質が出来上がってきたようです。

ダニエル太郎選手の今に集中するという考え方は、スポーツだけではなく様々な分野でトップになる人に共通する考え方だと思います。父親が元テニス選手でテクニック的な事だけでなく、この頃からメンタル強化にも力を入れていた事がわかりますよね。

まだ試合に勝てない頃から周りにどれだけからかわれようと、「絶対にプロになる」という信念を貫き通したダニエル太郎選手。
みかん箱の上で世界一を名言した本田宗一郎さんを彷彿させますね。^^

元テニスプレイヤーの父親という影響ももちろん大きいとは思いますが、ダニエル太郎選手ご本人のたゆまぬ愚直な努力とメンタル面での強化が結果的に現在の輝かしい実績を生み出したのだと思います。

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ダニエル太郎選手は名古屋国際学園中等部のインターナショナル校へ入学し、森林ロングウッドテニスクラブに通う

ダニエル太郎選手が通った名古屋学園中等部ってどんなところ?

埼玉県加須市から引っ越しをし、名古屋市守山区にある名古屋国際学園中等部に入学したダニエル太郎選手。
こちらはインターナショナルスクールですので、もちろん授業は全て英語。しかし加須市から引っ越したばかりの頃は英語はあまり話せなかったようです。

父親のポールダニエル氏はアジア系アメリカ人のハーフ、母親は日本人なのでダニエル太郎選手はクォーターという事になりますね。
よく「ダニエル太郎はハーフ」と書かれている事がありますが、実際にはクォーターです。

埼玉県加須市に住んでいた頃は家族の中でもほぼ日本語で会話していたようなので、英語は現在のようにペラペラという訳ではありませんでした。

海外での活躍を期待していた父親のポールダニエル氏は、テニスと語学力を磨く事が出来るように日本全国様々な学校とテニスクラブを探されたとの事です。

その条件を満たし通うことになったのが、愛知県名古屋市守山区にあるインターナショナルスクールの名古屋国際学園です。

名古屋市にある森林ロングウッドテニスクラブに所属しプレーする

なぜここを選んだかという理由ですが、おそらくこの学校のすぐ近くにある「森林ロングウッドテニスクラブ」というクラブで練習をするためだと思われます。

将来を見据えて語学力とテニスのスキルを磨くには、学校とテニスクラブの位置が近ければ移動時間も短くてすむし効率的だと考えたからではないでしょうか。

こちらのテニスクラブは多くの強豪選手を育てていたようで、ダニエル太郎選手もここでどんどんスキルアップをしていたようです。

14歳の頃スペインへ移住

父親のダニエルポールさんはずっと前からスペインへ行きたがっていたようですね。お仕事関係もスペインへ移し、ダニエル太郎選手もそれに付いて行ったとの事です。

14歳になってからはスペインのバレンシアに拠点を置き、名テニスプレーヤーのダビド・フェレール選手のいるアカデミーで練習を開始します。

ダビド・フェレール選手はスペインのプロテニス選手で、シングルス世界ランキング第3位という方。ダニエル太郎選手にとってそんな実力派の選手のプレーを間近で見ることが出来る事はすごく刺激になったのではないでしょうか。

ダニエル太郎の語学力は?英語日本語はもちろん、スペイン語やロシア語まで話せるマルチリンガル選手

日本ではインターナショナルスクールに通い、スペインで活動をする中で語学力もどんどん磨かれていったダニエル太郎選手。

幼少の頃は日本語で生活しインターナショナルの中等部で英語を学びましたが、今一番得意な語学はどうやらスペイン語のようです。
14歳の多感な時期からスペインに移り住んだので、やはりスペイン語での会話がダニエル太郎選手にとって一番しっくりくるのでしょうか。

そしてなんとロシア語まで話せるというマルチリンガル!
すごいですよね!?

プロスポーツ選手でも日本語+英語のようにプラス一言語なら数多く存在しますが、英語・スペイン語・ロシア語も話せる日本人選手ってあまりいませんよね?
元サッカー選手の中田英寿氏も英語・イタリア語と簡単な挨拶程度のスペイン語やフランス語も出来るそうですが、ダニエル太郎選手はどの言語もガッツリお話出来そうですよね。

ところでなぜいきなりロシア語?と思ったので調べてみた所、スペインのチーム内にロシアの選手がいるらしくロシア語もマスターしたようです。
テニスだけでなく語学も貪欲に学ぶ姿勢が素敵すぎます!

元世界ランキング1位のジョコビッチ選手を破ったダニエル太郎選手
粘り強い諦めない姿勢のプレーとマルチリンガルな語学力、そして甘いルックスの持ち主と3拍子も4拍子も揃った選手なので、テニス界だけではなくバラエティや各メディアでも今後もますます活躍する姿を見ることができそうですので楽しみですね!

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